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廣沢 慶/コンサルタント
KEI HIROSAWA
THETA AR JACKET | 1999
1998年、僕は「ビームス」のバイヤーとして、アメリカ最大のアウトドアショーOR(アウトドアリテイラー)に参加していた。そこで見たのが「シータ AR ジャケット」。見たことのないデザイン、見たことのないカラーリング、それまで見てきたどのジャケットとも違う一着に、大きな衝撃を受けたのを鮮明に覚えている。どこで買えるのかと探したが、どこにも見当たらない。ようやく手に入れたのは、たしか1999年のこと。出張で行ったテキサスのアウトドアショップで、ディスカウントで売られているのを偶然見つけた。当時は、バンにサンプル品を積んでアウトドアショップなどを営業して回る、いわゆる「どさ回り」をやっていたらしいから、そんなところから出てきたものだったのだろう。
このORショーで、アークテリクスは初めてのアパレルとして、「アルファ」「ベータ」「シータ」「カッパ」の4モデルを出品した。ショーは4日間開催されていたが、初日のスタートからたった3時間で、アークテリクスがその年に作れる、2,000着分のオーダーが埋まってしまったそうだ。これを知った直後、創業者のひとりであるジェレミー・ガードは、「トリガーを引かなければならない」と言い、当初の予定の倍の量のゴアマテリアルを買うよう指示を出したという。実は、そのショーが始まった時点で、展示した4つの製品は、一度もマスプロダクションとして生産したことがないどころか、サンプルすら完全な状態ではなかったというから、かなり大胆な決断だったと言える。
少しひいき目かもしれないが、アウトドアウェアに、色やデザインという価値観を最初に持ち込んだのは、アークテリクスだと思っている。魯山人が、料理のために器から作ったように、アークテリクスは、自分たちが欲しいジャケットのために、素材を作り、加工のための機械を作る。デザインとクラフトマンシップ、その両方がアークテリクスの根底にある。そして、大切なのは誰が作るかということ。デザイナー、パタンナー、サンプルを縫うお針子さんたち、ブランドの裏にいる「人」こそが、アークテリクスの魅力だと思っている。