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ホーボー ジュン/フリーライター
HOBO JUN
ALPHA SV JACKET | 2014
「機能がデザインを決定する。逆は不可」
それはアウトドアギアに限らず、レーシングマシンや航空機の世界で何度も繰り返されてきた言葉である。僕はその言葉が果たして本当かどうかを確かめたくてこのネイビーブルーの「アルファ SV ジャケット」を買った。今から10年前、2014年の冬のことだ。
当時(いや現在も)その製品名に「アルファ」を冠するモデルは
アークテリクスのトップモデルだった。冒険的登山や高所アルパインクライミングなど極限状況での機能性のみをひたすらに求め、世界最先端のテクノロジーの粋を込めて作られていた。当然のことながら価格もびっくりするほど高く、一介のフリーライターの僕にとっては「清水の舞台」どころか「フィッツロイのセロ・トーレ」から飛び降りるほどの覚悟が必要だった。
だが、そうして手に入れた「アルファ SV ジャケット」はまさしく機能の権化であり、僕を震わせた。全身にその“意味”が込められており、僕はこれを着てフィールドに出るたび、デザインの背後にある機能性に唸り、その深い設計哲学に沈黙した。ハーネス装着の邪魔にならない着丈、両腕を高く掲げても裾がズリ上がらないカッティング、バック
パックのウエストベルトの下で裾をしっかりとキープするヘムロックシステム、しっかりと容量を確保しながら足元を見た時に視界を妨げないマチ付きのチェストポケット、水分を保持しない袖口のカフ、ヘルメットの上から被ることのできる大型フード、そしてアークテリクスが世界に先駆けて開発した止水ファスナーなどなど……、僕の沈黙の理由をこまかく羅列したらきりがない。
中でも僕がヒシヒシと感じたのが軽量化に対するアークテリクスの“執念”だった。サイジングやカッティングはもちろんだが、当時22mm幅が常識だったシームテープの幅を13mmまで削るなど(のちにこれは8mmまで細くなった)他社が絶対に踏み込まない領域にも果敢に踏み込み、そこでのR&Dを繰り返していたのだ。そしてその結果としてこのジャケットは500gを切り、歴代最軽量を達成していた。
もちろんハードシェルの根幹となる防御性能に抜かりはない。当時は各社とも軽量化戦争の渦に巻き込まれていて、すでにアルパインシェルの主流は70Dから40Dに切り替わり、さらに少なくない数のブランドが軽量化の御旗のもとに30D素材を使い始めていた。しかしそんな最中にあってもアークテリクスは80Dや100D素材を使い続けた。そのことも僕を唸らせた。
ご存知のようにSVは「シビア・コンディション」を表す。氷点下の気温、10mを超える風、退路を断たれた状況、限界に近づきつつある体力など「危機迫る状況」で、それを着用した者の砦となり武器となるウェアでなければならない。だから何が何でも80Dが必要なのだ。ユーザーを守り抜く頑強さが必要なのだ。ウェア内面に大きくプリントされたSVの文字には決意と責任が込められているのである。
あれから10年もの月日が流れ、アルパインウェアは大きく進化した。さまざまなマテリアルが開発され、さまざまな流行が訪れた。環境、資源、エネルギー問題に対する意識や対策も大きく変わり、リサイクルマテリアルの採用や染色、撥水などの加工にも新しいチャレンジが必要になっている。アークテリクスの旗艦モデルである「アルファ SV ジャケット」も環境性能を進化させ、第9世代へと歩を進めた。
しかしながら「アルファ」が「アルファ」であること、そして「SV」が「SV」であることに変わりはない。まったく変わりがない。
先日僕は最新の「アルファ SV ジャケット」を取材させてもらい、実際に着用してもみたが、やはりこれは唯一にして無二のアルパインウェアだ。そしてそのデザインは機能の権化であり、ほかの形はあり得ない。機能がデザインを決定する。逆は不可。僕はひたすらに唸り、そして沈黙した。これまでもそうであったように、これからも「アルファ SV ジャケット」であり続けてほしいと僕は思っている。